過去ではなく未来を見て
◆説教個所:ヨハネによる福音書9:1〜12
【背景】
人は誰でも自分の身に起こったことに対して原因を知りたがります。「なぜこんなことが?」「何が悪かったんだろう?」と起こった出来事の原因を過去から求めようとしてしまうのですが、全ての理由を見出せるわけではありません。理由はわからないけれども、主を信頼してこの先の人生が主にあって祝福されると信じて進むのが信仰です。過去の出来事に理由を求める因果応報から出て、未来は主が導いてくださるのだという信仰に立って歩みましょう。
【ポイント】
1.( 過去 )ではなく、( 未来 )を見よう
この男が見えない理由は過去の罪のせいではなく、この男の未来に神の業が現れるためなのです。過去に執着せず、神がすでに祝福を約束しておられる未来をみよう。
2.( 原因探し )ではなく、( 祝福探し )をしよう
原因探しは結果的に私たちを幸せにはしません。なぜできなかったのかではなく、どうすれば祝福されるのかを求める信仰者になりましょう。
3.( 納得 )ではなく、( 決断 )して踏み出そう
信じたら、踏み出してください。人生には分からないこと、受け止められないことがありますが、それでも主を信頼して踏み出す先に祝福があるのです。
【まとめ】
私たちは過去の罪に縛られて現在の不幸を余儀なくされているのではなく、現在を積み上げることによって未来が変わり、祝福されると考えましょう。今のあなたの信仰があなたを祝福するのです。
【暗唱聖句】
「イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。」(ヨハネ9:3)